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QRIOがなかなか発売できない理由を考えてみる[2]

QRIOがなかなか発売できない理由を考えてみる[2]
AIBOとSDRはコアの能力不足で高度なAIを搭載できない

関連
QRIOがなかなか発売できない理由を考えてみる[1]

 QRIOの前身、SDRの段階では高度なAIを搭載する予定はなかったと思われる。
 当時はAIBOが爆発的なブームでイケイケ状態だったからである。
 ようはタイミングの問題なのだが、SDRの開発スピードがほんのわずか速かったら、QRIOみたいなものは発売されていた可能性も十分にある。
 2001年春くらいかな?
 ただ、この段階で発売するとすれば、QRIO=SDRは少々問題を抱えた状態での船出となったはずである。
 FMの言葉ではなく、SONYの開発者たちの言葉をそのままここに引用しよう。曰く。

AIBOもQRIOも結局は飽きる


のである。

AIBOのAIの出来はあまりよろしくなかった

 あー、なんか見出しだけ書いてずいぶんすっきりしたぞ。
 過去(1999年当時)のFMのホームページの読者のみなさんごめんなさい。
 当時、FMはAIBOのダメな点には目をつぶって、必死になって良い点ばかりをとりあげてブームを煽っていたのである。
 わかる人には、わかったと思うが、当時のコンテンツは涙が出るほどむごい。
 それでも、煽らずにはいられなかったのだな、いろんな事情で。
 ただ、ある程度SONYの肩をもっても良いかなと思うことだってある。AIBOのモーション群とOPEN-Rはまあまあの出来で、及第点をあげられるものだった。なにより、あの当時、エンターテインメントロボットを売り出してしまったというSONYのおっちょこちょいさ加減は賞賛に値する、と今でも思っている。
 だが、トップレベルのAI(とか言ってた部分)はダメダメだった。他の部分が比較的まともだった分、ダメさ度合いに落胆した。
 AIBOWareなんか解析しなければ良かった。心底、そう思った。予想が悪い意味で全部当たっていたから。
 それでも、煽った、必死になって煽った、自分をごまかして煽った。
 なんでそんなことをしたのかと言えば、ある意味、AIBOは当時のFMにとって唯一の希望だったのだ。AIBOはロクでもないものだが、まかり間違ってブームになったら、それに便乗して「ほんもの」のロボットが登場するかもしれない。

 登場しませんでしたけどね。

 でも、SONYを恨んではいません。SONYはSDRを売らなかったし、QRIOはいまだに発売されていないのだから、その事実こそがSONYの開発者の良心だと思う。
 だいたい、FMが煽ったぐらいで、どうにかなるものじゃないでしょう、普通に考えたら。

で、結局、どうにもならなかったわけだが

 SDRの当初の計画では、トップレベルのビヘイビアマネージャー(?)にAIBOWareに毛が生えた程度のものを搭載する予定だったのだと思う。何よりSDRコアの能力から考えて、それ以上の能力を持ったAIを搭載することにはかなり無理があるのだ。
OPEN-Rアーキテクチャー自体は野心的なものだし、評価できるものだと思う。なによりQRIOの公表されている機能で目ぼしいものは、すべてOPEN-R上で実装されているのである。QRIOは滑らかな動きで2足歩行する。路面適応制御も歩行跳躍走行運動統合制御も転倒運動制御も外力適応制御も、全てOPEN-Rで実装されている。OPEN-Rは無限の可能性なんか秘めてはいないが、現時点でエンターテインメントロボットのソフトウェアを開発する場合、唯一無二の選択肢である。
 これだけの機能を持ったOPEN-Rアーキテクチャーにもかかわらず、SDRのコアに搭載されているメイン制御チップはMIPS由来で、20年前のワークステーション級の処理能力しかない。OPEN-R上で高度な動的制御を行った上に、高度なAIプログラムを載せられるだけの余裕などあるわけがないのだ。

AIBOは本当に飽きるのか?

 AIBOは飽きる、と言っても、これは開発者側の意見であって、ユーザー評価とは若干異なる場合も考えられる。
 一時期の熱狂的なブームは去ったとは言え、まだAIBOコミュニティは健在であり、何台ものAIBOを所有している強者オーナーもいる。
 彼らはAIBOには飽きなかったのだろうか? もし彼らがAIBOに飽きなかったのならQRIOにだってチャンスがあるとは考えられないだろうか?
 
 いま、「たまごっち」がちょっとしたブームになっている。第二次ブームらしい。FMの娘もはまっていて、いろいろとお世話をしているようである。
 「たまごっち」とAIBOはちょっと似たところがあって、ときどき比較されたりする。前のブームのときは近くに持っている人がいなかったので、あまり観察できなかったが、今回は興味深くウォッチしている。
 「たまごっち」を観察しているわけではない。「たまごっち」にはまっている「娘」を観察しているのだ。
 すると、少し面白いことがわかった。もちろん彼女は「たまごっち」が好きでいろいろお世話をしているのだが、同時に友人たちと「たまごっち」の情報をあれこれ交換しているのである。「たまごっち」そのものもそこそこ楽しいらしいが、彼女と彼女の友人たちとの共通の話題としてかかせないものになっているらしい。
 これに似た話はどこにでもある。犬を飼っている人は犬の話題で集まるし、商談の合間にゴルフの話題で賑わったり、野球、車、パソコン...例をあげればきりがない。
 AIBOコミュニティもこれに若干似たところがある。あるいは、彼らもAIBOそのものにはもう飽きているのかもしれない。しかし、AIBOを介して知り合った友人というのは失くすに忍びない。いろいろと連絡を取り合いながら、やはりAIBO談義に花をさかせるわけである。
 QRIOだって似たようなことは可能ではないか? まぁ他者との共通の話題にするだけではQRIOである必然性がないというのは弱いところだが、とにもかくにも、QRIOコミュニティみたいな感じでやっていけば、そこそこはいけそうである。
 多少AIに傷があっても、「馬鹿な子ほどカワイイ」みたいなことを言っていれば、みんななんとなく納得してくれる。高価なので所有者は少ないだろうが、この手のコミュニティは「持っていなくてもQRIOが好きなら可」みたいなところがあるので、あまり問題にならないだろう。
 そんなこんなでQRIOと過ごしつつ、ふと我に返ってQRIOに尋ねてみるのである。
 「君は私のことをどう思ってるの?」
 QRIOは答えない。
 なにも考えていないから

QRIOとAIBOの違い

 ことここに至って、QRIOとオーナーの関係は破綻してしまう。AIBOのメタファーは犬なので、まぁ、人間に興味がなくてもしょうがないか、くらいで終わってしまうのだが、QRIOのメタファーは人間だ。自分に興味のない人間に長く関わっていられるほど、普通の人間はタフではない。ここに違和感が生じてしまうのがQRIOの最大の弱点なのだ。QRIOを介して他の人間とコミュニケートを取ったとしても、QRIOのメタファーのためにQRIO自身がそのコミュニケーションの枠の中に入ってきてしまう。そしてQRIOのAIの貧弱さによりコミュニケーション自体が崩壊する。
 こうなるともう大変である。なまじQRIOが高価な分、可愛さあまって憎さは百倍、何を言ったところでリアクションもまともにとれないQRIOへの苛立ちが、製造元へむかうのは火を見るより明らかである。
 SONYがここまで考えているとは、正直、思えないが、QRIOのメタファーが人間であることと、QRIOのコミュニケーション能力が圧倒的に低いことのギャップは、一般の想像以上に厳しい。実際問題として、QRIOのコミュニケーション能力の低さというのは相対的なもので、現存するあらゆるAIプログラムは「ある特殊な状況下でないかぎり」人間に対し十分なコミュニケーション能力を有しない。QRIOを責めるのは、ある意味、お門違いであって、「たかが2足歩行しているだけで何でそこまで言われなければならないの?」とQRIOの代弁を引き受けたいくらいである。

 必要は発明の母、愛(AI)がなければ作ってしまえ、と考えたのかどうかは知らないが、ここで心(MINDy)の登場である。「ロボットは心を持つか?」などというテーマは、テーマ自体が近未来の範疇ではナンセンス。しかし、誤解で生じる愛もないわけではない。
 とりあえず決定的な違和感を生じない程度のAIは必須だ。それがMINDYに課せられた使命であって、それ以上のものではない。QRIOは無線LAN機能を持っているので、研究段階では外部の強力なCPUパワーを借りてくることもできる。製品版ではコアの大幅な機能向上が必要であるにしてもだ。
 そして、コアの設計をやり直すとなると、ちょっとやそっとの時間ではすまないことになる。
 そんなわけで、QRIOはなかなか発売に踏み切れないのではないか、などとFMは勝手に考えているわけである。

まとめ
FMは頼まれもしないのに自分の都合で太鼓持ちを買ってでることがある。
たまごっちは面白い(らしい)。
貢いだのに相手にしてくれないからといって危害を加えてはいけない
愛はかげろう。
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QRIOがなかなか発売できない理由を考えてみる[1]

QRIOがなかなか発売できない理由を考えてみる[1]
5年たっても売り出せない理由は何か?

 QRIOは言わずと知れたSONYのロボットである。ロボットファンの中でのQRIOに対する期待はかなりのもので、長い間発売が待ち望まれている。
 QRIOは2002年に試作型がSDR-4Xとして発表されており、2000年のSDR-3Xから数えればそろそろ5年になりそうである。途中、鉄腕アトムの誕生日に発売ではないか?という憶測が流れたりして、大いに盛り上がったのを記憶している。SDR-4Xの発表時期とAIBOのプロトタイプ発表から限定試験発売までの間隔などから、それなりの信憑性もあったので、空振りに終わったときに、非常に落胆していた人が私の知り合いにも何人かいた。
 発表当初からQRIOの発売はかなり先になると言われていた。理由は、非常にコストがかかるために、一般消費者が買える価格を設定できないというものである。まぁ、それはその通りなのだろう。ただ、製造コスト、特に発売前の製品のコストにはいろいろな見方があって一筋縄ではなかなかいかないところもある。現在のAIBOの微妙な状況やSONY本体の状態から言っても、高価格商品として打って出られない事情もわからないでもない。
 そうはいってもである。各種イベントだけならまだしも、CMに出てみたり、あげくに踊るは跳ぶは走るはサーフィンするはで、小出しに見せびらかされるだけではたまったものではない。高いといってもタカが知れている(ERS-110の十数倍程度)のであって、売りに出したら買いそうなのは何人もいる。本当にコストだけが問題なのか?とか下衆の勘繰りもしてみたくなろうというものだ。

AIBOはどうして発売できたのか?

 同様の製品で販売されているものとしては、実質、AIBOシリーズしかないので、これとの比較でQRIOが販売できない理由を考えてみたい。
 ところで、AIBOの販売が可能になった背景として、多分に特殊な状況というか運のようなものが複雑に絡んでいたのは事実である。話としてはそちらを追っていったほうが面白いのだし、実際、その手の話はもうあちこちでされているわけだ。ただ、それだけに終始したのでは、結局、「AIBOの時は特別だったから」ということになって、QRIOが販売できない理由を類推するのが難しい。というよりは、FM的にはその手の話は苦手なのである。
 そんな理由で、AIBOとQRIOの比較は技術的な側面にしぼって考える。たとえそれが個人的な妄想であるにせよ、一応は技術の仮面をかぶった状態で話を進めていく。
 AIBOとQRIOの比較、片方は販売されていて、もう片方は販売されていない。では、両者の技術的な相違点とはいったい何なのか?
 ずいぶん引っ張ったわりには、たいしたことのない結論で申し訳ないが、答えは簡単である。
 AIBOは4足歩行で、QRIOは2足歩行です。

AIBOのメタファーは犬?

 とりあえず石を投げつけるのは我慢していただきたい。人間、我慢と辛抱が肝心だ。
 AIBOは4足歩行型のロボットなので、そのメタファーは必然的に4足動物となる。「犬」というのが一般的な見方だろう。プロトタイプでは猫っぽかった時期もあるが、正直、「」でなくて何よりだったと個人的には思っている。
 AIBOのメタファーが「犬」だというのは多勢の意見の一致を見るところである。ロボット犬と言い切ってしまう人さえいる。ところが、実際にAIBOを動かしてみるとよくわかるのだが、AIBOは犬とは似ても似つかないシロモノである。その動作がまったく犬らしくないからである。お手、おしっこポーズなど、ときどき犬っぽいモーションもあるにはあるが、どちらかというとこれらは例外の部類である。にもかかわらず、AIBOが動いているのを見ても「ロボット犬」という見方を変える人はほとんどいない。挙句の果てに、ラッテマカロンまで「犬」と言っている。これはいったいどういうことなのか?

普通の人は犬のことをそれほど知っているわけではない

 AIBOを犬として認識してしまう大きな原因は、実は「犬のことをあまりよく知らない」からである。一般の人はもちろん、犬を飼っている人ですら犬に関する知識は乏しい。犬のことを知らないので、飼い方がおもわしくなく、ダメ犬再しつけのTV番組が人気になったりする。知識が乏しいというよりは犬そのものに対する興味のレベルが一般的にそれほど高くないと言ったほうが良いかもしれない。ときどき抱っこして頭をなでてやるくらいでは、犬に対する知識というのは増えようがない。そういう人にとっては「犬」は「犬のようなモノ」で十分なのだ。逆に、犬に詳しい人にAIBOを見せると、彼らはけっしてAIBOを犬としては扱わない。扱わないのではなくて、扱えないのだ。だって、AIBOは犬ではないのだから。
 このように犬に対する意識レベルが低いところに加えて、「ロボットである」という点でもAIBOに対する評価は甘くなる。ロボットは発展途上の技術であるという共通認識があるので、ロボットなんだから仕方ない、という軽い諦めの気分も心理的にはたらいてくる。ここでAIBOは「ロボット犬」というカテゴリに無事軟着陸して、我々の認識空間の仲間入りをする。AIBOのメタファーは「犬」だが、これが成立しているのは我々の犬に対する認識レベルが低いことが幸いしているわけである。

では、2足歩行のQRIOのメタファーは?

 さてQRIOである。
 QRIOは2足歩行をする。もうこの時点でQRIOのメタファーは決定している。AIBOの場合と違って多少外観を変えた程度ではどうにもならない。
 QRIOのメタファーは人間である。
 QRIOのメタファーが人間であるというのは実はかなりやっかいである。我々は人間のことをよく知っている。人間の興味の大半は人間自身であると言っても過言ではない。したがってQRIOが達成すべきハードルはAIBOと比較して異常なほど高い。
 しかし、それはあらかじめ想定されていたことではなかったのだろうか?
 もちろんQRIOの前身であるSDRの開発でも2足歩行ロボットの開発の困難さは意識されていたはずである。ただ、どちらかというと初期の段階ではその運動能力の側に開発の重点が置かれていたように思われる。
 事実、QRIOの運動能力は素晴らしい。ムービーを見ても初期のAIBOのような不安定さは微塵も無い。世界最高とはいわないけれど一線級の実力を持っている。QRIOはこの運動性能をもって人間へのメタファーのギャップを埋めようとしたのではなかろうか?
 しかし、それはうまくはいかなかった。
 いくら運動性能を高めてもギャップは埋まらなかったのである。
(つづく)

まとめ
QRIOが一般に発売されないのは値段のせいだけではない。
AIBOがある程度成功したのはメタファーの要求レベルが低かったことが一因である。
QRIOのメタファーは人間である。
QRIOがなかなか発売されないのは2足歩行ロボットだからだ。
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