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学習でロボットは賢くなるのか?[3]

学習でロボットは賢くなるのか?[3]
我らに本末を転倒するプログラムを!


関連
学習でロボットは賢くなるのか?[1]
学習でロボットは賢くなるのか?[2]


 このシリーズの本来の目的はロボットが学習で賢くなるかどうかを考察することにあった。一回、二回と続けて三回まできたが、この問いに対して、ほとんど否定的な事例を列挙してきたにもかかわらず、最終的な回答は保留にしてきた。

 理由がある。

 FMは、ロボットに学習して賢くなって欲しいと、心底、思っているからだ。

内部モデルを拡大できるアルゴリズムを学習と呼ぶべきだった

 今回のシリーズではカギカッコつきの「学習」が何度か登場した。この「学習」はForce learn algorithmで置換可能なように配慮してある。教師信号とのからみで微妙なところがあるが、意図は汲み取ってほしい。
 歴史的な事情があって、現状ではAIで言うところの学習は「学習」になってしまっている。そして「学習」では与えられた問題に答えることは可能でも、自分で問題を見つけることができない。
 「学習」によって、秀才と凡才は造ることができるが、天才と馬鹿は造れない。
 実に困ったことであるが、やはり先人の偉業に逆らうのは、AI研究の分野でも並大抵のことではないのだ。

知識の獲得をめざして

 昔、ファービーというおもちゃがあった。ギズモを怖くしたような風貌でモノマネをする。
 内部的にはICレコーダー+人工無能みたいなものなのだが、面白いのはこのファービー、学習して人まねをするというふれこみだったのである。
 実は人工無能タイプのソフトウェアというのは内部に「学習」機能を持っているのだが、不思議なことにAI的な「学習」部分を学習と呼ぶことは少ない。学習型人工無能は、語彙データベースの拡張を学習と呼んでいるのである。そして拡張された語彙データベースの中から特定の文節を選択する段階でAI的な「学習」を行って、会話をスマートに見せかける。
 これは、どちらかと言えば、一般的な意味での学習に近い。原始的ではあるのだが外部情報をもとに、内部モデル=知識を拡張しているのである。
 だからと言って、ファービーを含む人工無能が非常に高度なことをやっている、というわけではない。人工無能は話し言葉や書き言葉のシミュレーションなのだが、「言語」というシステム自体が抽象度が高いため、コンピュータで扱いやすく、なおかつ、見た目が知的に感じられるというだけのことだ。
 センサーの直接情報から、内部モデルを紡ぎだすのが、インテリジェンス・ダイナミクスの醍醐味とすれば、その一番肝心の部分を人工無能は「はしょって」いる。
 それでも、知識の拡充に学習という概念をあてているのは、FMにとってうれしい。これを目標にしろとは、さすがに言わないが、まだ、こちらのほうが自然である。

知識の獲得を行わない理由

 本来、知識拡張を学習と呼ぶべきだったのに、なぜかAIではこれを学習と呼ばない。その代わり、ある種の近似法のことを「学習」などと呼んでいる。「何故?」と聞かれて、この問いに答えるのは、実はさほど難しくはない(若干の恥ずかしさはあるにせよ)。みもふたもない言い方で申し訳ないが、一般的な知識拡張ができるプログラムなど現段階で存在しないからである。今だ無いものに名前をつけるわけにはいかない。
 この手のプログラムが存在しない理由としては、実装できるハードウェアが(いろんな意味で)存在しなかったということもある。この点についてだけは、最近、若干改善されつつある。
 言うまでもないが、QRIOを含む自律型ロボットのハコモノのことである。
 実はもうひとつ、プログラミング技法の点で問題がある。この種の自己拡張型のプログラムが本質的にもつべき特徴が、現在主流の大規模開発型のプログラミング技法にまったく適合しないのである。
 簡単に言えば、構造化プログラミングの否定、例外トラップの排除、無限ループと循環参照の埋め込み、極めつけは、自己改変による大域脱出などで、どれをとっても普通のプログラマーなら気が狂いそうなシロモノである。これらが何故、普段は封印されているのか、どうして、知識獲得型AIでこれらが必要なのかは、これから、おいおい語ってみたいと思っている。
 おおざっぱな話をすると、「JavaやC++でAIなんか書けるかボケ!」というのがFMの主張なのだが、こんなことは大昔から繰り返されていることであって、別にFM独自の観点でもなんでもない。本当のプログラマーはPascalなんか使わないのである。

まとめ
「学習」により賢くなる、のでなく、賢くなるようなアルゴリズムを学習と呼ぶべき。
「本当のプログラマー」どころか、いまどき誰もPascalなんか使わない。
バーレーン戦、勝ててよかった。ガンバレ日本代表。
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Robo-pups created with curiosity in mind

パリのSony computer science laboratory の Pierre-Yves Oudeyer と Frédéric Kaplan が「AIBO保育園」(乳幼児子犬専用?)を実験中らしい ↓はクリックで動画を再生します。ニュースのページNew Scientist Breaking News - Robo-pups created with curiosity in mind

  • 2005/06/23(木) 17:53:53 |
  • ロボット雑記・ニューロンの趣くままに
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