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ロボットの安全基準[1]

ロボットの安全基準[1]
安全でないものには安全基準が必要である


 少し、ロボットの安全基準について考えてみたい。
 今年の1月に経済産業省から「介護や警備、掃除など生活分野で使うロボットの安全基準をつくる」というアナウンスがあった。またNEDOからも「愛・地球博」用に「ロボットの安全性に関する考え方」というプレスリリースがあった。http://www.jara.jp/pressrelease/pressrelease/050131.html
 1月の話を今頃持ってくるあたり、このブログが時流に疎いことの証左なわけだが、そういうことはあまり気にしないことにする。
 FM的にはロボットの安全性についてはあまり気にしていない。というか、ロボットなどというものは、どうあがいても原理的に「危険」なのであって、「安全なロボット」というのは「原子力の平和利用」みたいなものと同じだと思っている。
 いきなりネガティブな発言で申し訳ないが、これもこのブログの趣旨だからしようがない。
 で、まあ、ロボットの安全基準なわけだ。

新しい安全基準が必要な理由

 上記のNEDOのリンクなどを読んでもらえば、安全基準に関する考え方はかなり苦しいのがよくわかる。
 ロボットが「原理的に危険」だというFMの意見はかなり過激な部類に入るにしても、ロボットを安全に運用するのはかなり難しいと、実際の開発者が認めている。
 この手の話はいろんな状況についての内容を盛り込んであったりするので、話がわかりにくい。少し、話を分かりやすくするために、状況を単純化してみよう。
 簡単な例ということで、機能を限定して、掃除ロボットと掃除機について考えてみる。となると問題は、ロボットの安全基準から、掃除ロボットの安全基準に矮小化される。ここまで話が具体的になると単純な疑問がわいてくる。掃除機はすでにあるのだし、掃除機の安全基準もすでにある。どうして、掃除ロボットは掃除機の安全基準に従うということにしないのであろうか?

責任を誰かに押し付けたい

 掃除ロボットを掃除機の安全基準に従わせるということになると、ちょっと困ったことが起きる。困るのはユーザーではない。メーカー側である。
 これは、掃除機と掃除ロボットの違いを考えればよくわかる。
 掃除機は単体では掃除をしない。常に人間とペアで掃除をする。掃除機は機械ではあるが道具の範疇を出ることがなく、いわばホウキの代用品のようなものである。実際の掃除は人間がする。
 掃除ロボットの主眼は人間なしで掃除することである。「人間なしで」ということはロボットが人間の作業を代替することに他ならない。
 掃除というのは単調な作業に思えるかもしれないが、実は比較的インテリジェンスな作業である。部屋の中にあるものの位置は常に変わっているし、ゴミとそうでないものを見分けるのは、それなりに難しい。限定品のフィギュアなど当人にとっては宝物でも、他の家族にとってはゴミ以下であったりする。これは極端な例にしても、掃除というのは一種の価値観を持って行うものであって、単純作業などでは決してない。
 掃除するだけでも大変なのに、「安全」にも注意を払わなければならないとなったら、もう、本来ならほとんどお手上げなのである。いや、工業製品としては立場が逆だ。「安全」に十分な注意を払った上で、掃除をしろということなのである。
 掃除機の場合、掃除をする行為そのもの安全については、掃除をする人間にほとんど押し付けられた。ロボットの場合には、そうはいかない。そこで新たな安全基準が必要になる。

ロボットが安全でありえないのは人間の仕事を肩代わりするから

 ロボットの利用を考えるにあたり、極めて特殊な事例を除いて、ロボットが必要とされるのは人間の行為の代替である場合がほとんどである。のっけの経済産業省の「介護や警備、掃除など」という分類がすべてを物語っている。介護も警備も掃除も、現在は人間が行っている仕事である。
 意外なことだが、ロボットが高機能になり、人間の仕事の代替が可能になるほど高性能になった場合に、安全性の問題がより深刻になる。機能が低く、役に立たない、エンターテインメントロボットの安全性に対する問題はあまりなく、だからこそAIBOは販売できたという側面もある。
 生活分野で役に立つロボットはエンターテインメントロボットよりも高機能である。それらは人間を代替することを目標としているからである。しかし、機能的に人間に近いロボットというものは安全性でシビアな状況に突入する。
 機能的に人間に近くなるほど、ロボットの安全性も人間に近づく。
 FMの知る限り、この世でもっとも危険なものは人間である。したがって、人間の仕事を代替するロボットはある意味、危険にならざるを得ない。

本当に安全かどうかはモノを売る場合の必要条件ではない
 
 ロボットがあまり安全でないとして、そんなものを販売しても良いのだろうか?
 これに対しての答えはYESである。
 銃は危険だがアメリカでは市販されている。戦闘機も戦車も危険だが値段がついて売買されている。自動車も安全基準はあるけれども、交通事故で日本だけでも毎年1万人近く死んでいる。通り魔事件に使われたからと言って、包丁の販売を禁止せよという議論はあまり沸き起こらない。
 ようはメリットとデメリットの関係であって、多少危険でも様々な理由で利用されているものは多い。毒も少量飲めば薬であって、安全性は機能とのバランスで語られるべきものである。
 ただ、残念ながら(産業用を除き)ロボットはまだこのレベルに達していない。ロボットは具体的にたいした役にたっていない。役立たない上に危険であるようなものは市場で評価される余地が無いのである。
 そこで、最低でもロボットを「安全」にしようというわけだが、これには大きくわけて二つの方法がある。
 ひとつは機能を制限すること、もうひとつは安全に対する我々の考え方を変えることである。
(つづく)

まとめ
 とりあえず、今年の話題であるからギリギリセーフかと思う。
 掃除はたいへんである。
 人間は危険。
 ロボットを安全にするには二つの方法がある。
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