クレタ人の踵

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MINDYはQRIOを救えるか?[2]

MINDYはQRIOを救えるか?[2]
MINDYはQRIOにとっての生命維持装置である


関連
MINDYはQRIOを救えるか?[1]

 そろそろMINDYの話をしないと「看板に偽りあり」と怒られそうなので頑張ってみる。そうはいってもFMのMINDYに対する知識はここ一週間でネットから漁ったものだけである。そもそも、人形つかい氏に言われるまでMINDYなんか知らなかったのだし、当然、インテリジェンス・ダイナミクス2005にも行っていないのだから、勘違いや誤解は多分に含まれているだろうことは容易に予想できる。
 「あ、こいつ逃げ腰だな」と思ってもらっても結構である。ただ、ここでは個々の技術的な点について語るというよりは、包括的な方向性について考えることを主としたい。そういう観点からすれば、いま手元にある情報だけでQRIOとMINDYに引導を渡すことができる。
 念のためにもう一度、「QRIOとMINDYに引導を渡す」と言っているのだよ、FMは。しかも、一週間ほど調べものした程度で。

MINDYはQRIOを救わない

 前回を読んで、「何もかも金で解決しようというのは間違っている。従来のプログラミング技法による実装ではQRIOを十分知的に演出できなかったということであって、様々な検討の結果、限界がはっきりしたのである。QRIOを真に知的にするにはMINDYのような新しい技術を導入して現状を打開すべきだ」というような意見が出てくるかもしれない。ごもっともである。できればFMだってそういう方向で話を進めたかった。しかし、駄目なのだ。駄目だったのだ。「MINDYは新しい技術ではない」し、「MINDYは限界突破ができない」からだ。だからFMとしては、QRIOはまだ限界には達しておらず、金さえかければなんとかなる、という立場を取らざるを得なかった。でも、金は無いらしい。そうするとQRIOはおしまいである。非常に残念である。
 控えめに言っても、QRIOはしばらくの間、販売されることはない。MINDYの登場はSONYによるQRIO不売の婉曲発表である。
 何のことは無い、QRIOに引導を渡したのはFMではない、MINDYだ。しかし、MINDYはQRIOの息の根を止めたわけではない。生命維持装置(MINDY)を装着したQRIOはベッド(研究所)の中で生き永らえることになる。

MINDYの話をしよう

 以下はインテリジェンス・ダイナミクス2005講演要旨中にあるMINDYの提案内容を抜粋したものである。

エージェントは環境を常に予測学習し、行動と観測の因果関係の推測を行う。これにより因果関係の強い部分状態空間を選択し、その観測状態を自在に再現できる制御器を強化学習的枠組で獲得する。この強化学習には心理学で分類される内発動機のうち、好奇動機と操作動機をそれぞれ予測器、制御器の獲得欲求、達成動機を目標設定と解決の欲求ととらえ、フロー理論の知見を利用したタスクに依らない報酬系を構成する。また、新たに獲得した予測器、制御器を含めて上記学習を繰り返すことで、環境の構造を反映した階層構造がエージェント内部に自己組織化される。


 読んでいて泣けてくるほど辛い。代名詞と助詞、動詞を除くと文章内のほとんどがgoogleでテクニカルタームとしてヒットする。しかも大量ヒットだ。googleで文献の下調べなどしたことのある人なら、FMの言っている意味はおおよそ検討がつくだろう。そして、一度でもこの手の文章を書いたことがある人なら、わかると思う。こういうものを書くのは本当に辛い。
 既存の研究の組み合わせでも新規性があれば、研究としては問題ない、いや問題ないばかりか非常に有用である。しかし、そういう場合はこういう感じにはならない。何故だ?と言われても困るがそういうものである。持論に自信があるときは勢いがぜんぜん違うのだ。
 ともあれ、非常に大雑把にこの文章を意訳すると、エージェントモデルを自動プログラミングする、ということになる。人間がエージェントモデルを構成してやるのではなくて、エージェントの取得した外的情報を用いてコンピューターでモデルを作りますよ、ということなのである。

自動プログラミングの罠

 たいへんけっこうな話である。自分で環境のモデリングするAIというのは来るべき自律型AIのベースとなりうる、本当に自分で考えるロボットの端緒だ。いまは研究が始まったばかりでいろいろ問題点もあろうが、やがてそれらも解決され、従来のQRIOで限界とされていたモデルの平板化を突破解決し......あれ?

 現象のモデル化というのは、実はAIのもっとも苦手とする分野だ。AIの歴史というのはある意味、自動プログラミングの歴史と言っても良いくらいで、様々な成果がプログラミング補助機構に反映されている。専用エディターによるAuto-Completionなどもそうだ(あれは便利)。自動プログラミングの究極目標は、もちろん、人間を介在しないでプログラムを作ることである。
 だいたいプログラマーという人種は扱いにくいし、愛想はないし、納期は守らないし、おまけに臭い。経営者としてみれば、こんな連中を使わずに商売できたらどんなにいいかと考えるのはある意味当然である。だから、自動プログラミングやソフトウェアの生産性向上にはそれなりの資金がつぎこまれて研究が続けられたのだ。しかし、長らく研究を進めてもこの世から人間のプログラマーが消えることはなかった。消えるどころか、果てしなく増加中である。結局、最後の難関であるモデリングがうまくいかないのである。
 うまくいかないからこそ研究する価値がある。研究者の言い分としては至極真っ当だ。しかし、プロダクツとしてみた場合にはどうなる?
 QRIOにMINDYを搭載するということは、もう少しわかりやすくいうと以下のようになる。

 人間のプログラマーの作ったプログラムではQRIOには超えられない限界がある。そこで、人間より劣るAIでプログラムを作り、この限界を突破しよう。


 こういうのを論理破綻という。少なくとも現状はこうなのであって、製品の問題点の改良としてMINDYを搭載するというのはありえない話なのである。
 もちろん、将来を見据えて云々という話はわかる。わかるというより、それぐらいしかMINDYの価値はない。ただAI研究というのもそれなりに長くやっているわけで、ある日突然、AIのモデリング能力が飛躍的に向上するというのは、かなり考えにくいことではあるのだが.....
 MINDYに対するFMの総論はこんなものである。次回は個別の技術について少し言及してみたいと思う。
(まだつづく)

まとめ
QRIOにMINDYを搭載しても当座の問題は解決できない。
QRIOはしばらく売らないのだと思う。
SONYの中の人も辛そうだ。
FMだって実は辛いのだ。
本当に金無いのか?
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コメント

すでにお気づきだと思いますが、MINDYはIDR社員の発表3つの中のひとつで、これにだけ「名前が付いている」だけの事です。
Sonyの方は説明が下手というか自分のやっている事がわかってないと言うか・・・なので、人形つかいが勝手に解説しますと、MINDYが自己組織化する「予測器と制御器の対」は、自動プログラミングと目的が異なります。自動プログラミング(それだって結構実用化されてるじゃん。おかげで「力仕事」を減らすのに成功している事例はあると思いますが)は成果物のデキが問題である事に対し、MINDYは自己組織化されて行く過程を楽しみたいのであります。成長過程すべてをプログラミングする手間を省いているといえば、その通り。
この構造だけでメタ学習まで行けるか?という見通しは、まったくついていないだろうと思うのですが、まぁそこは、「必要に応じて」ドロドロ複数のシステムを導入するんだと思うし、回りを作りこみをしなければ、現実的には役に立たせる事は難しいと思う。

  • 2005/05/20(金) 22:54:14 |
  • URL |
  • 人形つかい #JalddpaA
  • [ 編集]

学習はlearningの訳なんですが、英文読んでると、最近、trainingのほうが多くなってきている。
ここらへん、英語人のほうが正直なのかなぁ、とか思うです。

AIで学習って言ってるのって普通には訓練のイメージに近い。

収束過程を楽しむ、っていうのは、ある意味、教師側の言い分なんです。
プログラマーでもユーザーでもオーナーでもなくて。
教師って誰? って、そこが問題なんですけどね。

これだけだと支離滅裂ですね。近日中になんとかまとめてみます。

SONYの中の人が自分のやってることがわからないって、それなりにすごい発言ですから、自重するように(笑)

わっはっは

わたし、FMさんの暴走をとめなきゃ って思って来たんですよ。逆に止められてどうする・・・

教師役を楽しむ ってのは、生身の人間相手にはできない、QRIOだから「やっていい」あたらしいアプリケーションなのだと。ここまで、QRIOの使い道を真剣に考えてあげる私は、とても「中の人」にも優しいはずなんだがなぁ

生犬に対して、「躾ける」のは楽しいです。でも、「訓練」というイメージより遥かに早く覚えてくれます。自分達だけの「遊び」を作れるのもいいところです。
ぁぁ自分ところで書くはずのことを、どんどん書いちゃった。

  • 2005/05/21(土) 07:32:29 |
  • URL |
  • 人形つかい #JalddpaA
  • [ 編集]

ホントは、もっと、はっちゃけたかったのだが

 暴走については、一応、コントロールしてるつもりなんですが.....

 ブログの楽しみのひとつに「新しいネット人格を作る」っていうのがあると思うんです。
ですから、このブログの主文のほうのFMは、そういうキャラなわけです。(そんなわけで、文体もコメント欄のものと大分違うわけ)
 人形つかいさんに心配していただけるくらいですから、そこそこうまくいってるようで安心しました。
 早々とネタばらしは、ちと残念な気もするけど、コメントでそちらのネタも消費させちゃったようだし、まぁ、痛みわけってコトで(笑)

P.S.
教師、訓練、躾、学習あたり、いま構想練ってます。すねさんの「心」問題のほうにも、ちょっと食指動くしなあ。ま、ネタぎれで苦しむよりいいか。

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